研究×野球

野球の「流れ」は成績を変えるか|追いつかれた側と追いついた側の心理を研究で読む

公開 約8分で読めます文:SEYWO

ファーム日本選手権の9回同点からのサヨナラ劇を入り口に、試合の「流れ」(心理的モメンタム)が成績とどう関係するかを実験で調べた研究を紹介。リードを失った側にも努力が増えるという結果を、野球の場面に置き換えて解説します。

3行でわかる

  • 9回に3点差を追いつかれ、その裏にサヨナラ勝ちした試合を入り口に、試合の「流れ」を考える
  • 自転車レースの実験では、リードを失うと「流れ」の感覚は下がり、取り戻すと上がったと報告されている
  • 流れを失った側の成績も上がっており、「流れを失った=負け」とは限らないことが示された

「流れが向こうに行った」「ここで流れを止めよう」。野球の中継やベンチで、毎試合のように聞く言葉です。

では、試合の「流れ」は選手の感じ方にすぎないのでしょうか。それとも、プレーの成績にも関係しているのでしょうか。関係するなら、流れを失った側は不利になるだけなのでしょうか。この記事では、この問いを実験で確かめた研究を紹介し、野球の場面に置き換えて考えます。

今日の話題:9回に追いつかれ、その裏にサヨナラ

10月3日、静岡県のしずてつスタジアム草薙で、ファーム日本選手権2026のファーストステージが行われました。第1試合は、日本ハムとソフトバンクの対戦です。

NPBの試合リポートによると、日本ハムは6対3と3点をリードして9回表を迎えました。ソフトバンクはこの回に3点を挙げ、6対6の同点に追いつきました。その裏、日本ハムは死球と暴投で走者を三塁に進めます。淺間大基選手が一塁手の頭上を襲う打球を放ち、三塁走者が生還して7対6でサヨナラ勝ちしました。試合時間は4時間7分でした。

この記事は、試合中の選手の気持ちを推測するものではありません。「終盤に追いつかれる」「すぐに勝ち越す」という展開をきっかけに、試合の流れと成績の関係を、研究にもとづいて考えます。

論文を読む:「流れ」を失うと成績は下がるのか

今日の論文

Coming from Behind: On the Effect of Psychological Momentum on Sport Performance

Perreault, S., Vallerand, R. J., Montgomery, D., & Provencher, P. (1998). Journal of Sport and Exercise Psychology, 20(4), 421–436.
https://doi.org/10.1123/jsep.20.4.421

  • 問い 試合の「流れ」の感覚(心理的モメンタム)は、競技の成績と関係するのか。
  • 方法 参加者は12分間の自転車レースを行いました。相手との差の動きは、実験者があらかじめ決めた架空のものです。参加者は「同点のまま進む展開」か「後ろから追い上げて追いつく展開」のどちらかに、無作為に割り当てられました。流れの感覚と自転車の成績は、レース中の4つの時点で測られました。
  • 結果 リードを失うと、流れの感覚は大きく下がったと報告されています。リードを取り戻すと、流れの感覚は大きく上がりました。流れを経験した参加者は、成績も上がっていました。ただし、流れを失った場面でも成績は上がっていました。

要約は野球メンタルラボによるものです。正確な内容は原著論文をご確認ください。

「心理的モメンタム」とは何か

この研究を読むには、まず「流れ」を心理学の言葉で定義する必要があります。

用語 定義 野球での例
心理的モメンタム 自分が目標に向かって前進しているという、本人の知覚 「この回は点が取れそうだ」と打線が感じている状態
先行条件 流れの感覚を生む、試合中の出来事や状況 連打、相手の失策、追い上げの得点
成績への影響 流れの感覚のあとに起こる、プレーの結果の変化 次の打者の出塁、投手の制球

この定義は、ヴァレランドらが1988年の論文で示した理論にもとづきます。この理論の特徴は、流れの感覚と、それを生んだ出来事と、その後の成績を、別々のものとして区別することです。

たとえば「3連打で追いついた」は出来事です。「いける」と感じることが流れの感覚です。次の打者が打てるかどうかが成績です。日常の会話では、この3つがまとめて「流れ」と呼ばれています。区別すると、「流れの感覚は、本当に次の成績につながるのか」という問いを立てられます。

結果を図で読む

結果の前半は、流れの感覚が、点差の動きに応じて上下したことを示しています。

  1. リードを失う流れの感覚が下がる
  2. 追い上げてリードを取り戻す流れの感覚が上がる
  3. 成績流れを経験した側で上がる

注目したいのは結果の後半です。流れを失った場面でも、成績は上がっていました。著者らは、これを「否定的促進」によるものと推測しています。否定的促進とは、負けている・流れを失ったという感覚が、かえって努力を引き出すという考え方です。

つまり、この実験では、流れを失ったことが、そのまま成績の低下につながってはいなかったということです。ただし、これは著者らの解釈です。否定的促進が起きたことを直接測ったわけではありません。

野球に置き換えると

ここからは、研究で定義された心理的モメンタムを、野球の場面に当てはめて考えます。

野球に置き換えると

9回表、3点リードから追いつかれた守備側 3点のリードから9回表に6対6に追いつかれた場面は、研究の「リードを失う」に当てはまります。研究にもとづけば、この時点で守備側の流れの感覚は下がると考えられます。一方で、研究は、流れを失った側の成績が必ず下がるとは示していません。

追いつかれた直後、9回裏の先頭打者 同点に追いつかれた直後の打席は、「流れを失った直後」の場面です。この研究では、流れを失った場面でも成績は上がっていました。ただし、実験は12分間こぎ続ける自転車レースです。1球ごとに判断が必要な打撃に、同じ結果が当てはまるかは確かめられていません。

当てはまらない例:8点差の大量リード 点差が大きく、1点の動きで勝敗の見通しが変わらない試合では、「目標に向かって前進している」という感覚は大きく動きにくいと考えられます(筆者の見解)。この研究が扱ったのは、同点やリードの入れ替わりがある接戦です。

今日からできること

研究が示したのは、流れの感覚が点差の動きで上下することと、成績との関係です。「どうすれば流れを取り戻せるか」を確かめた研究ではありません。以下は、研究の結果と心理的モメンタムの理論から考えられる提案です。

選手向け

  • 追いつかれた直後は、「流れが悪い」ではなく「同点になった」と、点差の事実だけを言葉にする。流れの感覚と、実際の状況を分けるためです
  • 研究では流れを失った側の成績も上がっていた。「流れを失った=もう負けた」と決めつけず、次の1球にやるべきことを1つ決める
  • ミスのあとの切り替え方は、次の記事も参考にしてください
あわせて読みたいエラーを引きずらない切り替え方|野球で「次の1球」に集中するためのセルフトークエラーや三振のあと、気持ちを引きずって次のプレーまで崩れてしまう。そんな野球選手のために、セルフトーク(自分への声かけ)とリセット動作を使った切り替え方を解説します。

指導者向け

  • 追いつかれた回の直後は、「流れを止めろ」という抽象的な声かけより、「先頭打者は初球から狙う」など具体的な行動を伝える
  • 練習試合の振り返りで、「流れが悪かった」で終わらせず、どの出来事(四球・失策・連打)が流れの感覚を変えたのかを具体的に挙げる

研究からわかること・わからないこと

  • 実験の状況は野球と違う:実験は個人で行う12分間の自転車レースです。チームで戦い、プレーが短く区切られる野球に、同じ結果が当てはまるとは限りません。
  • レースは架空の設定:相手との差は実験者が決めたものです。実際の試合では、点差だけでなく、観客や順位など多くの要因が流れの感覚に関わると考えられます。
  • 数値は確認できた範囲で書いていない:成績がどの程度上がったのか、その大きさは要旨からは確認できなかったため、この記事では書いていません。
  • 話題との関係:日本ハムのサヨナラ勝ちやソフトバンクの追い上げが、心理的モメンタムによるものだと主張するものではありません。

まとめ

  • 心理学では、試合の「流れ」を、目標に向かって前進しているという本人の知覚(心理的モメンタム)として扱う
  • 自転車レースの実験では、リードを失うと流れの感覚は下がり、リードを取り戻すと上がったと報告されている
  • 流れを経験した側だけでなく、流れを失った側でも成績は上がっていた
  • 「流れを失った」と感じることは、そのまま負けにつながるとは限らないと、この研究からは考えられる

終盤に追いつかれた直後のベンチで大切なのは、流れを嘆くことではありません。「今は同点で、次の1球にこれをする」と、事実と行動を言葉にすることです。

参考文献

  • Perreault, S., Vallerand, R. J., Montgomery, D., & Provencher, P. (1998). Coming from Behind: On the Effect of Psychological Momentum on Sport Performance. Journal of Sport and Exercise Psychology, 20(4), 421–436. https://doi.org/10.1123/jsep.20.4.421
  • Vallerand, R. J., Colavecchio, P. G., & Pelletier, L. G. (1988). Psychological Momentum and Performance Inferences: A Preliminary Test of the Antecedents-Consequences Psychological Momentum Model. Journal of Sport and Exercise Psychology, 10(1), 92–108. https://doi.org/10.1123/jsep.10.1.92